「建造物の総合的保存保全」グループ研究発足にあたって

"We do not inherit the earth from our ancestors (parents), we borrow it from our children."

近年良く耳にするフレーズだが、米国のことわざだそうだ。歴史の浅い国ならではのバランス感覚が表れている言葉だ。
長い歴史と文化遺産を持つ地域では、厳然たる事実として眼前にある歴史遺産の方を重視し、まだ見ぬ未来の可能性は結果として軽視される傾向がある。 しかし本来は、過去も未来も同様の重さがあり、むしろ未来の方が時間的には無限大に伸びていく可能性を持っているという点で重いかも知れない。 現在という時間をそのような時間的バランスの中継点として考えれば、過去に対しても未来に対しても同様に敬意を払う必要がある 。

一方で、先進国の多くでは、都市施設の充実に伴い、新規の建設行為に比して既存の建造物やインフラ構造物の維持、 保全行為の重要性が増加している。さらに、社会の成熟度が増し、文化程度が上がるに従い、歴史や町並み、 景観に対する理解が深まり、保存に対する一般の関心は高くなる。経済的なシステムの成立とは無関係に保存の運動があちらこちらに発生する。 しかし、時代を超えて時間と空間を占有する建造物の保存に関しては、よほど慎重になる必要がある。

建造物の維持保全の計画は、
1.機能性、2.安全性、3.経済性、4.文化性
といった、異なる側面からの評価検討が必要であり、また、これらの評価自体も時間軸に沿って常に変化するものである。 したがって、総合的にバランスの取れた最適な判断を決するには高度な知識と知見が必要である。何をどのように保存保全するか。 それは、上記の観点からどのように可能か。困難な場合は、次善の策としてどのような選択肢があるのだろうか。
地域社会における機能的な存在意義と、文化的な価値を判断し、耐震対策などの安全性を施した上で、残存寿命を見積もり、 後々の維持管理費も支出できる形で建造物を存続させていくには、高い技術的、文化的知見と、マネジメントに関する専門的な知識を必要とする。 実際に残すことが難しい場合、部分的な保存や移築、さらには詳細なデータをデジタルアーカイブの形式として残し、物質的には保存されていなくても、 バーチャルリアリティの世界で保存する方法もある。

本所、生産技術研究所においては、これらの技術項目に関する第一線の専門研究者が揃っており、他所には得難い環境が整っている。 「建造物の保存保全」に関する研究グループは、これらの研究者が互いの知見をアドホックに共有できるプラットフォームを構築し、 より「総合的」な「建造物の保存保全」の提言を可能とするための高度な研究グループを顕在化させようというものである。
本特集号は、立ち上げ間もない「建造物の保存保全」研究グループの最初の特集号であり、メンバーの先生方に、最近の研究成果や話題について執筆をお願いしたものである。

我々は未来に引き継ぐものをよほど良く吟味しなくてはならない。
ストック型社会とはいっても、お荷物を借金ごと残すようなこと、子孫に疎まれるようなものを押し売り的に残すようなことのないようにしなくてはならない。
さまざまな意味で、「賢く残す」ための技術が必要とされてくるのである。


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